ペット同伴旅行が広がる背景近年、「ペットは家族の一員」という意識が社会に定着し、ペット同伴旅行(ペットツーリズム)の需要が急速に拡大しています。当社でも、複数の自治体や観光業者から「コロナ禍で増加したペットオーナーの旅行需要をどう取り込むか」という相談が増えています。これまでの観光施策は、ファミリー層、シニア層、インバウンドなどの大枠で捉えられてきました。しかし今、ペット連れという新たな切り口が大きな集客ポテンシャルとなっています。その背景には、「ペットを置いて旅行に行きにくい」という消極的な理由だけでなく、「ペットと一緒に思い出を作りたい」というポジティブなニーズの高まりがあります。行政担当者や観光事業者にとって、このトレンドを的確に捉えることが、今後の地域活性化や差別化の鍵となるでしょう。ペットツーリズム市場の成長世界的に見ると、ペット同伴旅行サービス市場は2023年時点で約19.6億ドル規模であり、2030年までに年平均9.7%の成長率が予測されています。当社が注目しているのは、ペット連れ旅行者のリピーター率です。「ペットと泊まれる心地よい宿」を一度経験した人は、その施設を繰り返し利用する傾向が顕著に見られます。これは宿泊施設や観光地にとって、長期的なファン作りにつながる絶好のチャンスです。単発の集客ではなく、リピートを意識した施策を導入することで、安定的な集客を実現できるでしょう。ペット旅行者の消費傾向と支出額ペット連れ旅行者の需要は高く、株式会社バイオフィリアの調査によると、犬の飼い主の96.3%が愛犬との旅行を希望し、82%が実際に経験があります。これはコロナ前の70%から大きく増加しています。飼い主の84.5%が高額でもペット同伴を望み、1回の旅行でペット1頭あたり1万円以上を支出する割合は50.6%に達しています。また、95.8%が旅行先の選定でペット同伴可能かどうかを重視しており、35%が10回以上の旅行経験を持っています。海外でも同様で、英国では85%の犬の飼い主がペットと国内旅行を選び、52%がペット可能な宿泊施設のみを検討します。これはペット同伴型の旅行サービスの重要性を示しています。宿泊・飲食・レジャー業界への経済波及効果宿泊業界のメリットペット連れ客を受け入れる最大のメリットは、稼働率の底上げです。米国では、ペット受け入れ可能なホテルの割合が2012年の61%から2020年頃には70%以上へと大幅に増加しました。国内でも、「ペット可に切り替えてから平日の予約が増えた」という声が多く聞かれます。これは、シニア層や在宅勤務世帯など時間に融通が利く層が、ペットと共にオフシーズン旅行を楽しむようになったためです。観光地にとって、閑散期対策としてのペットツーリズムは大きな強みとなります。もちろん、衛生管理やペット用ルームの改装といった設備投資も必要です。これらの投資を効果的に活かすには、単なる「ペット可」表示だけでなく、ペットと快適に過ごせる環境の整備が重要です。清潔な空間、適切な防音対策、ドッグラン、足洗い場の設置など、ペットと飼い主の双方に配慮した機能性の向上が、他施設との差別化につながります。飲食業界・観光施設への拡大効果ペット同伴可能な飲食店や観光施設は増加傾向にありますが、潜在的なニーズに十分応えられていないのが現状です。テラス席やパラソル席でのペット同伴を認めるだけでも、飼い主の満足度は大きく向上します。欧米では旅行中に「ペットと入店できる店舗のみを探す」飼い主が52%を占め、ペット受け入れの可否が店舗選択の重要な判断基準となっています。レジャー・観光施設でもペットツーリズムの効果は着実に広がっています。テーマパーク、観光農園、ビーチ、ハイキングコースなどでは、ペット同伴可能エリアやドッグラン、休憩所の整備が進んでいます。ペットと過ごせる場所の増加は、滞在時間や宿泊日数の延長につながり、地域の観光消費額も増加させます。また、ペット同伴マラソン大会やドッグフェスティバルなどのイベント開催は、全国からペット連れ旅行者を集め、宿泊、飲食、お土産購入を通じて地域経済に貢献しています。このように、ペット観光の受け入れ拡大は、宿泊・飲食・レジャーの各分野で新たな需要を生み出し、地域経済の活性化を促進しています。国内外の成功事例と地域活性化への寄与ペットツーリズムの成功事例が国内外で増加しています。国内では、長野県の軽井沢町が代表的です。この高原リゾート地は「人にも犬にも優しい街づくり」を掲げ、ペット連れ観光客を積極的に受け入れてきました。軽井沢ではペット対応のホテルや飲食店がここ数年で増加傾向にあり、観光協会は「軽井沢MAP with DOG」というガイドマップを発行し、ペット同伴可能な施設やマナー情報を提供しています。その結果、軽井沢はペット連れ観光客に人気の目的地となり、首都圏からのリピーターを獲得しています。さらに、ペット連れと一般客の双方に配慮したマナー啓発により、地域住民からの支持も得て、持続可能な観光地として発展しています。他の地域でも革新的な取り組みが見られます。コロナ禍で観光需要が落ち込む中、観光バス会社B・I・Gは「わんわんトラベル」というペット同伴バスツアーを開始し、新規顧客の開拓に成功しました。飼い主と愛犬が参加できる日帰りツアーは大好評で、犬種別のツアー編成を求める声も上がるほどでした。同社は住友不動産ヴィラフォンテーヌの「inumo芝公園」と提携し、宿泊ツアーも展開。この事例は、ペット市場が地域観光の活性化につながる可能性を示しています。海外では、韓国が注目を集めています。韓国政府と自治体は「ペット親和観光都市」の選定や支援策に乗り出しており、愛犬と過ごす「テンプルステイ」や済州島へのペット同伴チャーター便など、独自の観光商品が登場しています。ペット人口が国民の30%(約1,500万人)に達した韓国では、ペットと訪れやすい観光地の整備を観光活性化の重要施策と位置づけています。欧米でも、自治体・観光局・民間企業が連携し、街全体のペットフレンドリー化を進めています。米国の一部都市では「Better Cities for Pets」プログラムを通じて、公共施設や商業施設のペット受け入れ基準を整備。イギリスでも国内旅行需要の高まりを受け、ペット歓迎を特色とした地域振興が広がっています。これらの事例は、戦略的なペットツーリズムの推進が、観光振興と地域経済の活性化に貢献できることを実証しています。ペットツーリズムによる地域活性化の考察ペット同伴旅行がもたらす経済効果は宿泊・飲食・レジャーだけにとどまらず、地域全体のブランディングにも波及します。たとえば、ペットと一緒に楽しめる農園や果樹園、ワイナリーなど、二次産業・三次産業との結びつきによって新たな観光資源が生まれる可能性があります。旅行事業者が特に期待するのは「オフシーズンや平日の客足を補う力」です。ペットオーナーの多くは、休日やハイシーズンの混雑を避けて旅をしたいと考える傾向があり、地域として年間を通じた安定的な経済効果が得られるのではないでしょうか。同時に、懸念点としては、マナー問題や地域住民との軋轢があります。自治体が中心となり、ペット連れ観光客がルールをしっかり守れるようガイドラインや仕組みを整えることが不可欠です。具体的には、ペット連れ専用エリアをあらかじめ設定し、看板やステッカーで明示したり、地元住民向けに説明会を開いて協力を呼びかけたりするなど、配慮とコミュニケーションが成功の鍵を握るでしょう。結果として地元住民にも観光事業者にもメリットがあり、ペット連れ旅行者も気持ちよく訪れられる“ウィンウィン”の関係が築ければ、長期的な活性化が実現するはずです。自治体・観光業者が取り組むべき戦略ここまでのデータや事例、そして弊社の見解を踏まえて、自治体や観光業者が考えるべき施策をまとめます。情報発信とブランディングペット同伴旅行者は「どこがペットに優しいか」を必死にリサーチしています。自治体や観光協会がオフィシャルな形で「ペットOKな施設一覧」や「マナーガイド」を発信すれば、ペット連れに安心感を与えられます。SNSや地域サイトで積極的にアピールし、“ペットに優しい地域”というブランドイメージを構築しましょう。受け入れ態勢の整備とマナー啓発ドッグランや足洗い場、ゴミ箱の設置など、設備面を整えることはもちろん、飼い主へのルール徹底が重要です。たとえば、軽井沢のように「ガイドマップでペットオーナーにお願いすべきマナーを具体的に提示」すると、トラブル回避と利用しやすさ向上の両立が可能になります。ターゲットに合わせた商品・イベント企画愛犬と一緒に体験できるアクティビティやツアー、季節のイベントなどを開発すると差別化につながります。グランピング施設や農園がペット同伴OKイベントを打ち出した場合、SNSを中心に爆発的に拡散されることもあるため、“映え”を意識した演出を加えると効果的でしょう。官民連携・施設間連携の推進公共交通機関や飲食店、宿泊施設などが横断的に協力し、ペット連れで訪れた観光客が街全体をストレスなく移動・利用できる仕組みを整えることが理想です。当社としては、ここで自治体がハブになり、事業者間の調整やマッチングを促す役割を担うのが良いと思います。継続的な検証と改善実施した施策がどれだけ宿泊者数や観光消費額に寄与したのか、あるいはどんなトラブルや課題が起きたのかを定期的に振り返り、情報を共有することも重要です。筆者が感じるのは、ペットツーリズム関連施策は“やって終わり”ではなく、“少しずつ改善して磨き上げていく”ことで本当の魅力を引き出せるという点です。まとめ:ペットツーリズムが地域にもたらす未来ペット同伴旅行は今や一過性のブームではなく、ペットを家族と捉える価値観が広がった結果として、持続的な需要を生み出しています。自治体や観光業者にとっては、客単価の上昇やリピーターの確保、さらにはオフシーズンの誘客など、多面的な経済効果を期待できます。一方で、ルール違反や地域住民との摩擦など課題もあるため、インフラ整備やマナー啓発を同時に行うことが成功のカギを握るでしょう。さまざまな事業者や自治体の取り組みを見て感じるのは「ペット連れでも安心して楽しめる環境を整える」という姿勢が、結局は地域全体のホスピタリティ向上にもつながるということです。ペットフレンドリーを推進する過程で、誰にとっても優しい街づくりが進んだり、新しい観光資源が開発されたりするなど、副次的なメリットも少なくありません。今後もペットツーリズムの波をどう取り込むかは、地域の未来を左右する重要なテーマとなるはずです。適切な施策を講じることで、ペット連れ旅行者から選ばれる魅力ある観光地域を実現し、経済波及効果を地域にもたらしていきましょう。出典リスト当記事で使用したデータは、あくまで複数の調査結果・報道を組み合わせて総合的に引用しています。特に金額規模(円換算)や前年比などは為替レートや発表タイミングで変動しますので、更新タイミングにご注意ください。Allied Market Research “Pet Travel Accessories Market Outlook – 2030” (2022)Grand View Research “Pet Travel Services Market Size, Share & Trends Analysis Report – 2030” (2022)矢野経済研究所「2022年版 ペットビジネス市場に関する調査」(2022年)Pet Business World (UK) / VisitBritain “Domestic Pet Travel Preference Survey” (2021)MarketsandMarkets “Pet-Friendly Hotels Market Global Forecast – 2031” (2022)American Hotel & Lodging Association (AHLA) “Hotel Pet Policy Survey Report” (2012)軽井沢町観光協会「軽井沢MAP with DOG」(最新版)株式会社バイオフィリア「犬の日 ペットツーリズム需要調査」(2024年)