はじめに近年、海外や国内を問わず「赤ちゃん連れ」での旅行需要が高まっています。子どもが生まれてからも家族で積極的に旅を楽しみたい、というミレニアル世代の親が増えていることや、SNS等で子連れ旅行の魅力が広がっていることなどが背景に挙げられます。実際に、国際線でのチャイルドシート使用を推奨する動きや、国内外のホテルでファミリー向けアメニティを充実させる試みが広がりつつあり、子連れファミリーを取り込む市場の拡大が期待されています。とはいえ、赤ちゃんと一緒の旅にはさまざまなハードルがあります。その一つが「かさばるベビー用品をどう持ち運ぶか」という問題です。ベビーカーやチャイルドシート、ベビーベッドにバウンサー、おむつ用ゴミ箱や離乳食グッズなど、「あると便利」なグッズは多いものの、全てを持参するのは大変。空港や新幹線の移動でかさばるだけでなく、滞在先のスペースを確保するのも一苦労です。こうした悩みに応える形で、アメリカをはじめとする海外では「旅行先で必要なベビー用品をレンタルする」新しいサービスが注目を集めています。本記事では、米国発のベビー用品レンタルプラットフォーム「BabyQuip」を中心に、そのビジネスモデルや日本国内との比較、そして自治体や旅行事業者への示唆を探ってみたいと思います。旅行者向けベビー用品レンタルとは?旅行者が最終目的地でベビー用品を借りられる仕組みは、ここ数年で急速に拡大してきました。アメリカやカナダでは、「滞在先までチャイルドシートやベビーベッドを配送し、使い終わったら回収する」というマーケットプレイス型のサービスが多数登場しています。いわゆる“シェアリングエコノミー”と同様、在庫を大量に抱えるのではなく、各地の個人事業者(もしくは家庭)が自分たちの持っているベビー用品を登録し、プラットフォームがそれらを仲介する仕組みが多いのです。旅行者側は、たとえば「夏休みにフロリダのリゾート地へ1週間滞在する」というシチュエーションなら、渡航前にWebで必要なアイテムを検索・予約し、指定のホテルやバケーションレンタル(Airbnbの物件など)で受け取るだけ。帰る日に合わせて同じ場所から返却すると、事業者が回収に来てくれます。大きな荷物を持ち運ばずに済み、航空機の超過手荷物料金や空港での移動の負担を減らせる利点があります。BabyQuipのビジネスモデルこうしたサービスの代表格が、米国拠点のBabyQuipです。BabyQuipは2016年頃から事業を本格化させ、北米全土を中心に拠点を急拡大。現在では500人以上の“Quality Provider(QP)”と呼ばれる独立契約者が登録し、全米400以上の都市でベビー用品のレンタルを行っています。個人所有のベビー用品を活かす「プラットフォーム」BabyQuipが在庫を一括管理しているわけではなく、地元のQPが自前のベビー用品を用意します。QPは育児を終えた親や子育て真っ最中の主婦層が多く、「もう使わなくなったが状態の良いベビー用品」をレンタル用に出品しているケースもあれば、需要があるアイテムをわざわざ購入して「レンタル在庫」を増やしているケースもあります。プラットフォームとしてのBabyQuipは、QPの身元確認や衛生管理の基準を設けて安全性を担保しつつ、予約システムを提供。予約時の手数料やサービス料を取ることで収益化しています。顧客ターゲットBabyQuipが狙う顧客層は、まさに「赤ちゃん連れでの長距離旅行や里帰りを予定しているファミリー」。フロリダやハワイなどのリゾート地でバカンスを楽しむ際だけでなく、祖父母の家や友人宅を訪問する際にも利用されます。空港など交通拠点での受け取り・返却にも対応しているため、「移動にはチャイルドシートが絶対に必要だが、飛行機やタクシーで持ち運びたくない」というニーズを的確に満たしているのです。競合優位性BabyQuipが他の同業サービスと一線を画しているのは、そのネットワークの広さと品質管理にあります。アメリカやカナダを中心にほぼ主要都市を網羅しており、利用者がどこを旅行しても同じサイトからスムーズに予約ができるのは強みです。さらに、レンタルアイテムの清掃ガイドラインや定期点検の仕組みを作り込み、安全性と清潔さを高い水準で保っている点が評価されています。多くの利用者がリピーターとなり、口コミやSNSを通じて評判が広がることでさらにプロバイダー数が増える、という好循環を生み出しています。日本国内の状況一方、日本でもベビー用品のレンタルサービスは以前から存在していましたが、近年は旅行向けの短期レンタルや「デリバリー対応」に特化した企業が増えています。大手レンタル企業の旅行対応代表例としては、ナイスベビーやベビレンタなどが挙げられます。元々はベビーベッドやチャイルドシートといったアイテムを数カ月単位で貸し出す事業を主力にしていましたが、旅行ニーズや短期利用への対応を拡充しており、「最短3日から」「ホテルや空港で受け取り・返却OK」というサービスを打ち出し始めています。さらに、ナイスベビーは羽田・成田空港にカウンターを設置し、ベビーカーを直接ピックアップ・返却できる仕組みを構築。利用者はあらかじめネットで予約しておくと、空港に到着したらすぐにレンタルできるため、大きな荷物を持ち込まずに済みます。スタートアップの新規参入日本でも一部スタートアップが旅行者向けベビーカーレンタルや宅配サービスを手掛けています。たとえば、Lileoは「訪日外国人向け」という明確なターゲットを掲げ、ホテルや民泊先へのベビーカー配送を行っていた企業です。コロナ禍で一時休止状態となりましたが、インバウンド需要の回復に合わせて再始動の可能性があります。また、ShareBuggy(シェアバギー)のように、都市部の商業施設や駅周辺にベビーカーを“ポート”でシェアできる仕組みを導入し、旅行客のみならず外出中のファミリーのニーズを取り込み始める動きも見られます。自治体・旅行事業者への示唆こうしたベビー用品レンタルサービスの拡大は、自治体や旅行事業者にとっても大きなチャンスになり得ます。理由は以下の通りです。ファミリー層の誘致と利便性向上ベビーを連れた家族は、「移動のしやすさ」や「荷物負担の軽減」を重視します。滞在先でベビーベッドやベビーカーが調達できると分かれば、ハードルが下がり、子連れで旅行や帰省をしやすくなるでしょう。自治体や観光協会が地域のベビー用品レンタル事業者と連携し、情報を一元発信すれば、「子連れ旅行に優しい街」というブランディングにもつながります。消費拡大・滞在期間延長かさばる育児用品を持ち込まずに済むことで、親世帯の移動コストは下がり、目的地での観光や買い物に集中しやすくなります。結果として、地域での消費が増えたり、滞在期間を延ばすことにも寄与するかもしれません。特にインバウンド需要が回復する今、子ども連れの海外旅行者を取り込む施策は注目度が高まっています。安心・安全と衛生管理の重要性ベビー用品のレンタルは衛生面に対する不安が付きまとうため、事業者がどのようにクリーニングやメンテナンスを行っているかが鍵になります。ここを自治体などの公的機関が後押しして「地域全体で品質を守る仕組み」を作ることができれば、利用者に対する安心感が高まり、広域的な利用促進につながるでしょう。今後の展望日本でもすでに大手レンタル企業や空港カウンター経由でのサービスは広がりつつありますが、まだまだBabyQuipのような大規模プラットフォームは未成熟です。理由としては、(1)日本国内での移動が比較的短距離・短期間に収まるケースが多いこと、(2)子育て世帯の旅行スタイルが限られていること、(3)在庫を個人に委託して展開するマーケットプレイスが浸透しにくい文化的背景があることなどが考えられます。しかし、インバウンド需要の回復やワーケーション需要の拡大、地方移住や二拠点生活など、新しい旅や滞在の形が広がる中で「荷物を持たずに身軽に移動できる環境」の重要性は今後ますます高まると予想されます。自治体や観光事業者が率先してベビー用品レンタル事業者と手を組むことで、ファミリー層を呼び込みやすくし、地域の認知度を高めることは十分に可能です。たとえば、宿泊施設に常備できない大型アイテムを事前予約でデリバリーできる仕組みをガイドブックや公式サイトで分かりやすく紹介するといった取り組みが考えられます。さらに、関係各所と連携して「〇〇市はベビーに優しい観光地」をPRすれば、子育て家族からの注目度が一気に高まるでしょう。まとめ子連れ旅行は「荷物が多くて大変」というイメージがありますが、海外で急成長しているベビー用品レンタルサービスの例を見ると、そこにこそビジネスチャンスが潜んでいることがわかります。BabyQuipのように、個人の遊休ベビー用品を活用し、安全と品質を確保しながら旅行者に貸し出す仕組みは、ファミリー層の負担を大幅に軽減し、観光地の魅力度を高める可能性を秘めています。日本でも、すでに複数の企業が旅行向けのベビー用品レンタルに乗り出しており、大手空港カウンターでのベビーカーレンタルや宅配システムなど、利便性向上のための取り組みが進んでいます。今後さらに市場が拡大すれば、訪日観光客や長期滞在者、さらにはワーケーション利用者など、さまざまな層が「身軽に旅を楽しめる」選択肢が増えていくでしょう。自治体や観光関連事業者にとっては、こうした動きを上手く活かすことで、子連れファミリーの受け入れ態勢を整え、地域のブランド力向上に結びつけられるはずです。家族全員が快適に過ごせる環境こそ、これからの観光地が追求すべき方向性の一つではないでしょうか。参考文献・参考資料当記事で使用したデータは、あくまで複数の調査結果・報道を組み合わせて総合的に引用しています。特に金額規模(円換算)や前年比などは為替レートや発表タイミングで変動しますので、更新タイミングにご注意ください。BabyQuip Official Website(アクセス日:2025年2月18日)BabyQuip “Become a Quality Provider”(アクセス日:2025年2月18日)ナイスベビー(日本ベビー用品レンタル株式会社)公式サイト(アクセス日:2025年2月18日)ベビレンタ 公式サイト(アクセス日:2025年2月18日)Lileo公式サイト(運営休止中・アーカイブ)(アクセス日:2025年2月18日)ShareBuggy公式サイト(アクセス日:2025年2月18日)観光庁「訪日外国人旅行者の家族連れ(子連れ)需要に関する調査報告書」(2019)国際航空運送協会(IATA)「チャイルドシート持ち込みに関するガイドライン」(アクセス日:2025年2月18日)Airbnb公式サイト「ファミリー向け宿泊先検索」(アクセス日:2025年2月18日)